「しかし暦をつくった昔の人はエラいよなあ」と、春秋分を前にすると必ずこのマントラを唱えているような気がします。
前回のブログで、「スプリング ハズ カム」について自説を訴えましたが、実際のところどうなんだろうと、あのあとネットなどであらためて調べてみました。がしかし、もうひとつピンときません。それならばもう専門家を尋ねるしかないと、以前にご自宅を設計(とCMによる施工マネジメント)させていただいた翻訳家の方に、おそれながらも自説を展開してお伺いをたててきました。今回はそのご報告です。
米国留学と英国駐在を経て、現在は米子市で翻訳家としてご活躍のS様、完成して4年半を過ぎたお住まいの庭には造園家の奥様による植栽が映えて、これから夏にかけてがいっそうきれいです。庭と建物の様子は見たかったものの、ご多忙の最中にこの質問を携えての訪問はさすがに腰が引け、拙い文章を添えてメールでのお伺いとしました。
翌日いただいた返信に、春の到来を喜ぶ気持ちが発端であるかどうかはわからないけれど、英語にかぎらず、北極圏やハワイや中国など、さまざまな国や文化圏でそれぞれに応じて必要な表現が工夫されてきて、そうした先人の苦労の跡のひとつが「ハズ」なのだろう(用いなければ日本語の「春が来た」は英語ではあらわせないのだそうです)、との見解をいただきました。
イヌイットたちには雪をあらわす言葉がたくさんあって、同じ英語圏でも天気予報の雨の表現は、アメリカよりも、たくさん雨の降るイギリスのほうが凝っていたような気がするなあとのことで、日本語も雨の表現は多彩ですよねとも添えてありました。なるほど。
中学英語の質問を、異なる言葉と文化と気候風土の違いを交えながらお答えくださって、単語と文法に視野狭窄していたところから、それが世界全体の中のどこに位置して何を意味しているのかを知ることができたというか、1の質問が10の価値になって戻ってきたというか、こんなふうに教わっていたなら私の英語の成績ももっと良かったろうにと一瞬嘆きましたがそのあとすぐ、教わる側に問題があった過去もしっかりと思い出しました。
この経験を専門技術職の端くれとして心に留めて、業務上にいただいたご質問によりよい答えを導き出せるよう、技術・知識・経験の習得、それと適切な視点への切り替えが出来るよう精進いたします。
S様、ありがとうございました。