昨年1月 から約1年半ぶりの、屋根裏探検記をお送りします。

上の写真は、明治21(1888)年に建てられた住宅の2階床梁です。今回はこちらの住宅の、屋根裏の様子をご紹介します。

上の写真の屋根裏部屋は、もともとは養蚕に使われていた「お蚕さんの部屋」だったそうで、壁には漆喰などの仕上は施されず、柱・梁・束などの構造材と土壁が、ほぼ建築当時の状態で現わされています。
梁は、現代の標準的な断面に比べてふた回り以上の大きさで、加えて、木材の曲がりをそのまま活かした構造体がそのまま見える室内は、野趣に富んだ風合いになっています。

ブログを書くにあたり、「明治21年の出来事」について調べてみたのですが、この年の4月25日に市制・町村制が公布され、(明治)憲法制定・帝国議会開設を前提とした本格的な地方制度が創設されたのだそうです。
そこから2026年の現在まで、実に138年にわたって屋根を支え続けている小屋梁を目にして思ったのですが、相応の年月を経た木材や土壁などが醸し出す色艶は、もはや意匠性、と呼ぶよりもむしろ発酵・熟成と呼ばれるべき括りに属して、長い時間の流れを過ごさなければ、決してこのようには現れ出ないものでしょう。
また、耐震化の考え方が、耐力壁を主とするものに転換されるきっかけとなった、濃尾地震(1891年、M8.0)発生の3年前に既に建っていたこの住宅は、日本の木造建築の歴史から捉えても大変貴重で、大断面の柱・梁によって構成された、いわゆる「伝統工法」の架構は壮観でした。
※当主様、掲載をお許しいただき、ありがとうございました。




