地盤調査 (大篠津の家)

「大篠津の家」は、解体工事が完了して先日、地盤調査をおこないました(今回も表面波探査による地盤調査です)。

表面波 (ひょうめんは)探査とは、振動機によって地中に振動を発生させ、その振動が地中を伝わる速度」から、地盤の強弱を解析・確認する調査方法です。

上の写真は振動機で、ここから地盤面に振動を与え、人工的に「小さな地震」を起こします。

そして、その際に伝わってゆく振動を検出器と呼ばれるセンサー(上の写真の、二つの金属製の円柱)で測定、解析します。

データは、地表面から10m程度の深さまで検出されます。解析結果は良好で、杭打ちなどの必要はない、との判定で、まずはホッとしています。

現場は建築確認と県産材助成の申請を経て、まもなく着工します。

池袋探検記

先月、所用で東京まで出掛けたときのことです。

池袋で用件を済ませて時計をみると、帰りの飛行機には、まだ1時間ほどの余裕があります。そこで、念のために下調べしておいた「ある場所」 目指すことにしました。近くの交番で位置を再確認して池袋駅を南下、(上の写真の)豊島都税事務所をやり過ごして、

東京芸術劇場の前を通過、池袋警察署をすぎてしばらく進むと、

その先からガラッと街の雰囲気が変わる、なんというのか、「結界」のような場所(おそらく用途地域の境、でしょうか)に出くわしました。ためらわずにそのまま南下を続け、住宅街に入ります。

住宅街に入ってしばらくすると、案内看板があって、その案内に従って進み、進んだ先を左折してしばらくすると、そこには、

自由学園明日館(1921年 設計:フランク・ロイド・ライト)がありました。残念ながら開館時間内には間に合わず、中に入ることはできませんでしたが、現地を訪れることができたのは本当にラッキーでした。

田部美術館(1979年 設計:菊竹清訓)を見学した際にも同じように感じたのですが、明確な意図(いやむしろ意思、か・・)を持った建築物と、その建築物に関わる方々との関係は、その建築物の佇まいに確実にあらわれていて、その「佇まい」には、街並みのはじまりとして、場所の持つ空気を変える、あるいは変えないで保つ力があるのだと、あらためて実感できたように思います。

写真を5枚までしか掲載できない、当ブログフォームの都合上掲載できませんでしたが、明日館から通りをはさんだ向かいには、婦人之友社ビル(1963年 設計:遠藤楽)を目にすることもできました。

と、充実の一時間を過ごし、ホクホクしながらリムジンバスに乗り込んだのですが、道中事故渋滞に巻き込まれて飛行機の時間に間に合うのか、ドキドキしながらの帰り道でした(^^;

大篠津の家

木立に囲まれた住宅の建て替え計画です。個人的には2011年以来の、平屋建ての設計です。

建物正面から張り出したテラスは、室内と庭とを曖昧に繋いで区切る緩衝地帯であり、車椅子を想定した場合の無理のないバリアフリーの動線でもあり、洗濯物干し場でもあります。雨の日でも濡れずに通り、居て、干すことができるように、テラスと玄関ポーチの全面には屋根が架かります。

室内からながめた際、庭への視界と柱などが重ならないよう、屋根構造にはこれまでの案件で用いたアイディアを応用した「ひと工夫」を加えました。

米子市内の計画です。

ノバク・ジョコビッチ伝 (実業之日本社)

15日早朝にあったテニスのATPマスターズ1000、BNLイタリア国際の準決勝は、3セットマッチにもかかわらず試合時間が3時間を超えた、まさに激戦でした。

結果から言えば、残念ながら錦織選手は最終セットのタイブレイクで敗れてしまったのですが、勝負どころでデュースを繰り返した末に相手のサービスゲームを奪い返してからは、なんというのか、勝ち負けを超えたところの「ありがたいもの」を見せてもらっているような不思議な感覚でパソコンの画面を眺めていました。

「まさか自分が生きているあいだに、世界6位に日本人選手がランクされて、絶対的な王者を相手にしてがっぷり四つに組み、こちらの手がしびれてしまうような紙一重の展開を(しかもマスターズ1000の準決勝で)みることができるなんて・・・」と、10年前には想像すらできなかった現実を目の当たりにして、このまま試合がずっと続けばいいのにとも思っていました。

その試合の相手であり勝者であるランキング1位、ジョコビッチが最終セット4-2、40-ad の場面で、「自身のサービスゲームを失う、『ブレイクポイント』を迎えているにもかかわらず、第一サーブを攻撃的に打たなかった(ルール上は、もっと強く打っても問題はなかった) のはなぜだったのだろう?」と、疑問に思ったのが本書を手に取ったきっかけだったのですが、読んでみて、その理由というか源に、単に品位が高いだけでは済まされない、より重く、大きなものがあるように感じました。

しかし錦織選手、本当に「紙一重」でしたねえ。次こそは・・・