続 上細見の茶室

以前のブログでご紹介した「上細見の茶室」は昨年末、腰張りと畳の敷き込みをおこないました。

茶室の腰張り(腰壁部分に貼る和紙)の施工に立ち会うのは、実は私は今回が初めての経験だったのですが、偶然にも工事を依頼した内装業者の担当者さんも、今回が「はじめてのこしばり」だったそうで、作業のあいだ、ふたりしてデジタルカメラを構え、職人さんの仕事ぶりをしげしげと眺めていたのですが表具師さん、ちょっとやりにくかったかなあと今になって反省しています(^^;

腰張りは、元々は茶室土壁の保護からはじまったようで、調べてみると国宝の如庵には、古い暦などを貼った「反故張りの席」と呼ばれるものもあるようです。上の写真は客(ゲスト)側の貼りはじめの様子で、紺色の湊紙(高さ1尺8寸)を水準器のレーザー光に合わせ、慎重な位置決めの後に貼り作業がはじまりました。

こちらは亭主 (ホスト) 側です。和紙は白色の西の内紙で、高さは1尺です。

「総長さ4m弱の和紙貼りだから、それほど時間はかからないだろう」と当初、気軽に構えていたのですが、朝9時から始まった作業は、上の写真を撮影したのが12時過ぎで、掲載できる写真枚数の都合で割愛していますが、和糊の調合からはじまり、採寸、割り付け、和紙への加水と糊付けを経てからの貼り作業で、客側を貼り終えたら今度は亭主側の糊の調合からと、かなり根気のいる工程の連続でした。

とはいえ、はじめて見る腰張りはそのあいだ、じっと見ていても全く飽きることがなかったのですが、作業終了の13時前には、さすがに首と肩がばきばきに凝り固まっていました(どうやらとなりの「相方」、内装業者担当者氏の首と肩も同様に・・・) 。

余談ですが、腰張り作業をされた表具師さん、今回の現場の前は、現在改修工事中の広島平和記念資料館本館で、展示用の写真をパネルに貼る仕事をされていたそうです。専門工事業者さんの仕事には本当に幅広いものがあって、おそらく、ふとした時になにげなく見やるある箇所も、名の知らぬ誰かのスキルに支えられているのでしょうね。

そして作業終了のころ、ほぼ入れ替わりに畳が搬入され、

敷き込み、最終確認に畳の目数を再チェックされて、

無事、茶室部分の完成と相成りました。

施主様、棟梁をはじめとする関係者の皆様、お疲れ様でした。

あけましておめでとうございます

あたらしい一年がはじまりました。

本年も、地に足のついた住まいづくりを、クライアント様、職方のみなさんと一緒に、コツコツ積み重ねてゆきます。「安心して住み続けることのできる家づくり」を念頭に、引き続き精進を重ねて参ります。

皆様には変わらぬご愛顧のほど、何卒宜しくお願い申し上げます。

渡辺浩二

既存解体工事 (柳瀬の海の家)

以前のブログで模型をご紹介した「柳瀬(やなぜ)の海の家」は、今週から既存建物の解体工事が始まっています。柱、梁を可能な限り新築部分に転用する本計画は、解体工事の工程が、

1:まず、床や外壁、屋根などの仕上・下地材を撤去して、「構造体だけ」の状態にする
2:露出された構造体を、樹種、断面、劣化などの状態をみながら選定し、解体する
3:最後に、残った基礎と外構を撤去し、整地をおこなう

の、3段階に分かれていて、現在は1工程目の、室内の仕上・下地材の撤去をおこなっています。

座敷の天井が剥がされ、小屋組みが現れました。

およそ80年ぶりに人目に触れることとなった構造材は、現在の標準より「ひとまわり半」ほど大きな断面で、写真右側下部に写っている、縁側屋根を支える円柱状の大断面梁、いわゆる円桁(えんげた)もそうなのですが、みるからに豪快な印象です。

ピンボケで申し訳ありません。製材された梁には、上の写真のように長さや樹種、等級などが書き込まれていて、さらに目を凝らすと、製材所の屋号も記されていました。

クライアント様から伺った話では、構造材などの一式は、敷地北側に開ける日本海から、船によって運ばれてきたのだそうです。先程の小屋梁もおそらく、港で人の手によって陸揚げされた後に、これまた人力によって積み上げ、組み立てられたのでしょう。

およそ1世紀前、先人の知恵と工夫によって棟上げされた木材たちに、あらたな役割を担ってもらえるよう、これからクライアント様、棟梁、設計者が知恵を絞ります。「さあ、君たちに何ができるのかな?」と、露わになった、古の材たちからの問いを感じながら、引き続き工事の進捗を見守ってゆきます。

年内のブログ更新はこれで終了します。本年もたいへんお世話になりました。皆様どうぞよいお年をお迎えください。

上細見 (かみほそみ) の茶室

夏におこなった前回の更新から、気がつけばもう年末となってしまいました(長い間失礼しました)。暦をみると今日は大雪、ほんとうに時間の経つのが速いです。

上の写真は、夏前頃から設計をすすめていた茶室の改装計画です。写真中央右手、床面近くの位置に軸材で囲まれている2尺※四方は、茶室来客用の出入り口である躙り口(にじりぐち)です。露地や待合などは年をまたぎそうですが、茶室は年内の完成となりそうで、現在、棟梁が腕に撚りをかけながら「フル稼働」(^^)されています。

※約70センチ弱

米子市の南、西伯郡伯耆町での計画です。

柳瀬(やなぜ)の海の家

ホームページ内の「家づくりの流れ」でも触れていますが、弊社は原則、基本設計の最終工程として、計画案の模型を作り、クライアント様にご覧いただいています。

基本設計プランに建物高さの情報を加え、作成した模型(縮尺50分の1)をご覧いただきながら、

・室内と外観のボリューム
・室内への光の入りかた
・外部からの室内の見えかた

などについて、確認と検討の打ち合わせをおこなうのですが、今回は、先日お渡しした模型をご紹介します。

南側立面、この建物の正面です。

主要道である県道から、ひと区画奥まった位置にある敷地は、面積が500平米を超えるほどで、騒音もなく、通風や採光なども申し分ありません。充分な広さを確保した庭、家庭菜園やアプローチなどの外部空間と室内との間には、全面に屋根の架かったウッドデッキと玄関ポーチを設け、「ウチとソト」とを繋ぐ、緩衝地帯の役割を持たせています。

玄関の左手に駐車場、そしてその奥にはサービスヤードを設け、サービスヤードはさらにその奥の勝手口へと繋がります。

建物正面からサービスヤード側に回り込んだ、西側の外観です。

上で書いたように、敷地南側(この写真では、建物の右手)は庭や家庭菜園のほか、おそらく臨時の駐車場としても十二分に活用できるほどの広さなのですが、 建物の裏側となる敷地北側(同左手)は、砂浜と港を介してあとは一面の日本海で、遠い先に霞んで見える水平線まで、海面が続きます。まさにオーシャンビュー、絶景です。

ただ、水平線から建物までの間を遮るものが何もないということは、海からの季節風は相当に強く、強風対策として、サービスヤード北側(左側)の躯体は、高さを通常の平屋よりも大きく(高く)取って、風除けと設備機器類と自動車への塩害対策の役割を強め、上部の「余った」スペースは、小屋裏収納と換気設備の点検スペースとする予定です。サービスヤードを囲む塀は風圧に負けないよう、コの字型平面になるよう組み、通用口も、塀が一体の構造となるよう、潜り戸としています。

北側立面です。

海からの強風対策として、1階居室に面する開口部には雨戸を設け、大屋根の軒の出は最小限に留めています。

ここからは余談ですが、建物中央に位置する、1階の引き違い窓は当初、掃き出し窓だったところを腰高に変更して、室内側の窓際にカウンターを設けることとなったのですが、その検討の際に出た、夏の夕暮れに水平線に沈みゆく夕陽を眺めながらカウンターでいただく、よく冷えたビールのお話には、少なからず心を揺さぶられました( ̄¬ ̄)

当日のクライアント様(ご主人が環境行政、奥様は音楽のプロフェッショナル)との打ち合わせのなかでは、ヨーロッパでの住宅の断熱事情において、ドイツでの視察経験をお持ちのご主人から、室内の温熱環境について、なかでも断熱の仕様、建物内の季節ごとの空気の流れ、機械による換気と室内空気の循環など、かなり鋭いご質問を受け、その度にしどろもどろになりながらも「この部分が・・」と具体的な箇所をお示しして、なんとか説明の体を成すことができたのは模型があってこそで、また、猫との共生のための各室の区切り方についても、上下階の繋がり、あるいは開口部の更に上部の納まりを、立体を手に取ってイメージを共有しながら、お話を進めることができたようです。

詳細は別の機会に譲りますが、本計画は、既存建物の構造材の再利用や、工場プレカットをおこなわない、大工さんの手刻みによる構造体、太陽光発電に頼らない再生可能エネルギーの利用など、いわゆる「従来型の家づくり」とは幾分異なる括りで、現在鋭意進行中です。

大田市内の計画です。