コストから逆算したプランニング(後編 最終回)

シリーズ最終回です。

「コストから逆算したプランニング」の詳細について書いて、まとめとします。

このシリーズの初回、「2014年の坪単価の効能と限界」でも触れましたが、過去の事例・経験というのは予算作成において強力な援軍となります。過去の事例を細かく読みこんでゆくと、次第に物理的に家が出来上がるための要素、つまり、

・各専門工事業者の人件費
・現場管理者の  〃
・材料費

と、建物の「規模」との比例関係が、それぞれに一定の傾向を伴って見えてきます。

その比例関係を項目ごとに整理すると、そのデータは、計画内容と金額の「現在地点」をその都度確認しながらの家づくりを可能にします。具体的に言えば、縁側や吹き抜けや小屋裏収納など、従来の坪単価では対応し切れなかった部分のコストを計画初期の段階で掴むことができます。

完成した事例は、次の設計での手法のスリム化とコストダウンをもたらします。そして完成して次の設計に活かされて・・・と、以降は正のスパイラルです。さらに言えば、それらの準備(設計)のコストは、準備不足により生じる工事中のロス分(=工事費の一部)を下回ります。

コスト予測の精度は、天気予報における観測ポイントの絶対数と同じく、蓄積したデータの密度に比例します。つまり、

・建物全表面の意匠図、
・構造図、
・設備図、
・仕様書

が揃った前提で、

・積算、
・見積集計、
・現場での整合性の確認、
・データ分類と整理、

そのデータを反映した設計をおこない出来上がった、

・建物全表面の意匠図、
・構造図、

といった作業を繰り返すことが、予測には最低限必要です。
やってみてわかったのですが、このように内容とコストを「押さえ」ながら進めてゆく家づくりに必要な事とは、お読みいただいてきたように、しっかり準備(設計)をおこない、その準備に基づいた家づくりを現場でおこない、その経験(データ)を次の家づくりに活かすこと、いわゆる、

P(PLAN=設計)
D(DO=現場)
C(CHECK=データ)

のサイクルを着実におこなうことに尽きます。

しかし、建築の(あるいは建築以外の)実務者の方からみれば、これらは「そんなのよくわかっている」事ではないでしょうか?おそらく実践への鍵は、その外側と内側に潜んでいるのだと思います。

以上、コストから逆算した家づくりについてのお話は、これにて終了とします。最後までお読みいただき、ありがとうございました。データについては、公序良俗と守秘義務に反しない範囲で公開しますので、関心をお持ちの方はお声掛けください。

コストから逆算したプランニング(中編)

クライアントさんの視点から、家づくりがどのように見えて、実際にどのようなことが起きるのか、経験を基にシミュレートしました。ステップ1から4です。

「あなたは家を新築することになりました」

【ステップ1】
おおよその予算と要望を設計者に伝えて、一週間後、ラフプランができあがりました。具体的なスケッチを目にして、このような考え方があるのかと驚かれたり、それならばここはこうしたい、あそこはああしたいと、あなたのイメージと要望は、当初とは異なる視点を加えたものに変化してゆきます。

ご家族での話し合いや設計者との対話を続けるなかで、ラフプランは可能性が絞られ、そのぶんだけ具体性と深みを増して、基本設計案が完成しました。

【ステップ2】
模型で基本設計案を確認すると、その形や質感は、ほぼイメージどおりでした。この案を基に、実際の骨組みや下地、仕上げに至る、その家のすべての要素を書き込んだ実施(じっし)設計がはじまりました。描かれる図面の縮尺もより原寸に近い大きさになり、断面、そして建物すべての表面があらわれるまで、検討と作図が続けられます。

スケッチを目にしてイメージと要望がより具体的になったように、あなたは実施設計図を目にすることで、基本設計案ではイメージできなかった内容、例えば階段下を利用したPCコーナーのカウンター奥行き寸法、あるいはその脇のモデム収納用の棚の目隠しの方法、またはコンセントの差込口や配線を目立たないようにするにはどうすればよいのか、などを考えるようになります。

実施設計中には、そういった議題での打ち合わせが繰り返されます。打ち合わせを繰り返すほどに設計図は精度を上げ、内容を充実させて、やがて設計完了しました。

【ステップ3】
完成した実施設計図をもとにした、実際に工事をおこなう各専門工事業者からの見積書が集まりました。仕上げや仕様の再検討・取捨選択をおこない金額を確認すると、見積の合計額は無事予算内に収まりました。その内容に基づき専門工事業者とそれぞれ請負契約を締結して、さあいよいよ着工です。

地縄張り、地鎮祭、基礎工事、棟上、上棟式を経て、家はそのボリュームを次第にあらわし、外装内装が整うにつれて完成時のイメージに近づいてゆきます。

【ステップ4】
打ち合わせを何度も重ねてデザインや使い勝手を検討したけれど、あらためて現場で見ると下駄箱の位置は変更前の位置がよいと、あなたは思い直しました。

工事管理者に相談したらまだ再変更は可能とのことで、設置工事も無事完了しました。同じように現場での再検討を数箇所おこないながら工事は順調に進み、予定どおりに完成・引渡しを迎えました。

いかがでしたか?

ダイジェスト版でしたが、実際の家づくりもこのように
1:基本設計
2:実施設計
3:見積・工事金額の確定
4:着工~完成

といった、4つのステップを経て完成します。

そしてそのあいだ、各ステップにおいて建築主(クライアント)さんには「どの案を採用する(しない)のか」最終的な判断・決断を絶えず求められますが、それらの判断・決断には、

・その内容と、
・コスト

についての情報が不可欠です。

コストから逆算したプランニングとは、それらの判断・決断に対して「ここをこうしたら、これだけかかりますよ」といった、内容とコストについての助言をおこなうことにより、予算に対する現在位置を確認(逸れていれば軌道修正)しながら計画を進めてゆく手法です。

坪単価だけでは拾いきれない細やかな内容について、実施設計後の見積金額を補完できるだけの各金額の見極めは、計画内容の細分化個別化が進んだ昨今の家づくりにおいて、つくり手に必須であろうと考えています。

次回、これらをもう少し詳しく説明して、この話のまとめとします。

コストから逆算したプランニング(前編)

今シリーズ最終回です。これまでの話を基に、コストから逆算したプランニングについて書きます(追記:長くなったので3回に分けます)。

まずは、これまでの話を(A)~(E)の5点に絞って要約します。

(A)家づくりの現場の作業は分業制でおこなわれます。分業とは、

イ:各専門工事業者
ロ:工事管理者

に分かれて、これに、

ハ:材料

を加えた3つが、物理的、実質的な家づくりに必要不可欠な要素です。

(B)また、ある家一軒にかかるコストは、

ニ:着工前に必要なコスト
(①事前調査費 ②設計図書作成費 ③公的申請費)
ホ:工事に必要なコスト
(④専門工事業者の人件費 ⑤現場管理者の人件費 ⑥材料費)
ヘ:工事以外の経費
(⑦事務所経費 ⑧広告宣伝費 ⑨雑費)

の3分類、9項目に分けることができます。

(C)このうち、

ニ(着工前に必要なコスト)と、
ホ(工事に必要なコスト)

は、

1:敷地条件
2:建物形状
3:規模
4:仕様

によって異なり、

(D)ヘ(工事以外の経費)は、「家づくりの仕組み」の仕組みの違い、

つまり、
1:直営方式(普請):業務効率最も高い、建築主への負担最大、
※建築主=「旦那」への負担分がコスト減
2:一括請負方式:建築主への負担最小、業務効率最も低い、
※軽減された建築主への負担分がコスト増
3:分離発注方式:1と2の中間

といったふうに、一長一短があります。

(E)顕在コストのみの比較であれば、
1:直営<3:分離発注(または2´:原価公開一括請負)<2:一括請負

といった序列になります。

では次に、クライアントさんの視点から、家づくりがどのように見えて、実際にどのようなことが起きるのか、シミュレートしてみます。

家づくりのあたらしい動き(逆算プランニングその5)

「家づくりのあたらしい動き」と題して、総合建設業者さん、工務店さんが取り組まれている原価公開の動きから見える、これからの家づくりの方向性について私見を述べます。

原価公開とはどのような取り組みなのかというと、これまで総合建設業者さん、工務店さんが「家づくりにかかる費用」としてひと括りにしていた、

・各専門工事業者の工事費(原価)、
・現場管理費、
・自社経費

をそれぞれに分割して公開し、重層構造をなくして情報とお金の流れのロス、滞りを取り去りましょう、といった趣旨のようです。

ホームページや情報誌、書籍からの情報に留まって、関係者の方に直接お話を伺ったことはまだないのですが、基本的な考え方は、私たちがおこなっている分離発注方式と同じだなあというのが、率直な感想です。

ネット検索で「家づくり 原価公開」と入力すると、たくさんの記事が出ます。今あらためてgoogleで検索したら11万件ヒットしました。この取り組みについて知らなかった訳ではないのですが、いまから10年ほど前は、全国規模で見ても目立った存在といえば岐阜県の㈱希望社さん一社くらいだったのですが、いまや11万件のヒットです。今回調べてみて、どれほどの社数、団体数で実践されているのか、その実数が把握できないほどの規模であることだけは把握できました。

パソコン一台、否、最近ではスマートフォン一個あれば、一般的な住宅建設に必要な粗利益率の情報が入手できる状況で、その情報(粗利益率)と見積明細書に載っている諸経費とを比べて、その違いをフィクションと称することにも、100%ではないにせよ頷けます。

しかし、もともとが家づくりを私たち「普通の人」にも可能とするためにうまれた一括請負方式の、良かれとおこなわれていた代行サービスのいわば大人の暗黙の了解の部分、つまり、これまで「言わぬが花」とされていた部分を明るみに出すということは、見方を変えれば見なくてもよかったことがらを直視せざるを得ないともいえるわけで、よい・悪いの単純な二元論で結論が出るものでもないだろうとも思います。

けれどその時代の「標準」の推移のなかの、たとえば医療における告知・インフォームドコンセントなどにみられるような閉じられた専門技術職からの情報公開の流れは、今後促進されることはあってもその逆はないだろうとも思います。単純な比較は危険ですが、アメリカの家づくりでは工事原価+経費の金額提示で、異なった数種類の経費の額によって受けられるサービスも違う、といったやりかたが大多数のようです。

そうした「現在」の世の中において、家という商品(この視点はとても大切です)を手に入れるプロセスのなかで、日常生活とかけ離れた金額の動きや複雑なシステムを直視しなければならない負担は、今やそれを隠すために覆っていた外皮一層ぶんのコストよりもその価値が軽くなってしまった、それ故の原価公開の流れではないのかとも思います。

繰り返しますが、単純な比較は恣意的な誘導を孕みます。

しかし、そのことに充分注意を払って慎重に考えを進めても、これからの家づくりがこれまでより内向きに閉じるものではなく、外に向かって開かれたものになるだろうという予想は、私のなかではどうしても覆らないです。この先の10年、どれほどの変化が、どれほどの速度で進んでゆくのでしょうか。

次回は今シリーズ最終回、これまでお話したことを総合して、コストから逆算したプランニングについてご説明します。

建設業界の商習慣の歴史と現状2(逆算プランニングその4.1)

戦前から現在までの、

・普請
・一括請負方式
・分離発注方式

これら3つの特徴を長所短所に分けて書きます。
その前にまず、3つに共通する事柄をおさえておきます。

「物理的な家づくり」自体は、

・普請であれ、
・一括請負であれ、
・分離発注であれ、
どれも同じです。違いはありません。

建築の法則に基づいた設計図書が現場の作法に則り、専門工事業者が腕を奮い工事管理者が現場をコーディネートすることで家は完成します。材料と人の手と言葉を用いて、皆で協同して編み上げてゆくものが家であり建築物です。

これから述べるのは、家をつくること自身の外側、いわば「家づくりの仕組みの仕組み」についての違い、特徴です。

【1:戦前からの普請について】
建築主(旦那)が準備した資金で材料を買い付け、出来高報酬制で各専門工事業者を雇い入れ、設計と現場管理を大工棟梁に委任するスタイルです。直接買い付けたり雇ったりするところから直営方式ともよばれ、現在もこのやりかたは大工さんの直営工事として続いているようです。

長所は、
支払いが直接であるために各専門工事業者の顔が見える。専門工事業者(大工棟梁)が設計者と現場管理者を兼ねるので、情報伝達のロスがなく作業効率がよいことが挙げられます。

短所は、
大工工事以外の仕様選定は、原則建築主と各専門工事業者との個別・直接のやりとりとなるため、全体のデザイン・バランス取りと工事費の管理は建築主の力量に任せられます。このことによりプロの建築主、つまり「旦那」であることを求められる傾向が強いといわれています。

【2:一括請負について】
ひと言で言えば、「旦那」でなくとも建築主になれることを目指したシステムです。総合建設業者が材料、各専門工事業者の手配と支払い、現場の品質管理、工程調整をおこない、それら全体の費用はあらかじめ結ばれた(その家の完成についての)請負契約によって確定しています。

長所は、
あらかじめ請負契約書が交わされ工事費が確定していることにより、住宅ローンを組むことが可能です。家全体についてのコーディネートは総合建設業者に任せておけばよいので、建築主の負担は軽いです。

短所は、
実際の工事にあたる各専門工事業者は、元請けである総合建設業者を介さなければ建築主は関与できない「下請け工事業者」となってしまい「顔」が見えません。つまり、重層構造が情報伝達のロスやミスの可能性、こまかな変更や修正に対してのレスポンスや精度、そして複層ぶんのコストにおいて、「不利側」の結果を招く要因として潜在しています(改善の取り組みについては後述します)。

【3:分離発注方式について】
建築主が専門工事業者に工事費を直接支払うところは1の普請、直営工事と同じですが、2の一括請負同様に「旦那」であることは求められません。設計と現場での采配、工事費支払いの管理は建築設計事務所の建築士がおこないます。

建築士は建築主に対して建築の専門についてのアドバイスをおこない、設計積算、公的申請、見積集計、専門工事業者選定の助言、現場での工程管理、品質管理などのコーディネート・マネジメントの業務をおこないます。設計事務所への業務報酬と各専門工事業者への工事費とは、別個に契約書に基づいて支払われます。

長所と短所、
直営方式の短所である「建築主への負担」が軽減されますが、一括請負方式にくらべれば、負担は若干あります。一括請負方式の短所である「下請け重層構造」を解体して且つ、設計+現場管理=一人なので、情報伝達の効率、そして作業効率が高いです。

※直営方式(設計+現場管理+大工=一人なので)は、更に高効率です。

分離発注方式では、各専門工事業者と個別に請負契約を締結するので、その内容に基づいて住宅ローンを組むことができます。

まとめて比較すると、

1:直営方式(普請)は、業務効率は高いが建築主への負担が大きい
2:一括請負方式は、建築主への負担は軽減されるが、業務効率は低い
3:分離発注方式は、1と2の中間

といったように、どのシステムにも一長一短があります。そしてこの3つについて、「顕在する建築コストの量」をモノサシにしてそれぞれを計ると、

1:直営は、建築主への負担分がコスト減となる
2:一括は、軽減された建築主への負担の分だけ、つまり業務効率の低さがコスト増を生む
3:分離は、1と2の中間

であることが見えてきます。

次回「家づくりのあたらしい動き」と題して、最近目にする一括請負方式の原価公開について書きます。